柞の森の樹木たち その8   チャノキ(ツバキ科 常緑低木)
漢字表記 茶の木        

柞の森の周辺スギ林のチャノキ.jpg柞の森の周辺スギ林のチャノキ今回は生活に身近なお茶の木です。
季節的には2番茶や3番茶の摘み取りの時期かと思います。

ぼんぼりの基地周辺のスギ林や柞の森に行く歩道脇に高さ1mぐらいのチャノキがたくさん生えています。今頃はつやつやの若葉をつけてそばに行くと茶の香りさえするような感じがします。

通常は1m程度の低木ですが自然状態にしておくと5mぐらいにはなるようです。実際、ぼんぼりには大きくなった木もあります。

花は10月~11月に白い花弁の中に黄色いおしべめしべがある清楚な感じの香も良く、なるほどツバキ科だと分かる花です。実は翌年の11月頃で緑色の皮に包まれ中に2個から3個のつやつやした茶色の堅い実が入っています。外皮が割れて茶色の種子が覗いている姿はなんともかわいらしいものです。

チャノキの花.jpgチャノキの花子供のころこの実をぶっつけあって遊んだものです。
堅いですが小さいのでそんなに痛くなく適当にふざけ合える木の実です。

九州など温かい地方では杉林の中にチャノキが良く生えています。そこはまず昔の人家跡とみていいでしょう。あるいは茶畑に杉を植えたのかもしれませんが人間が栽培していたものが野生化したものでいわゆる皆さんが飲む静岡茶や宇治茶と同じ種類です。もちろん新葉をつんで自家製お茶を作ることもできます。

チャノキは九州、四国にヤマチャという日本種もあるという説もありますが中国からの帰化植物が定説となっています。もともとは中国雲南地方に産するものです。

夏も近づく八十八夜 ♪♪.jpg夏も近づく八十八夜 ♪♪日本の山野にあるチャノキは平安時代に最澄や空海も中国から持ち込んだとされていますが広く栽培されるようになったのは日本に茶を伝えた「茶祖」といわれている京都五山の第三位「建仁寺」を開山された臨済禅の栄西(ようさい)禅師が中国から持ち帰った鎌倉初期からと言われています。

栄西禅師は二度目の入宋の時、暑さのため熱射病になられ、一人の老人が茶の供養をして下さり、それを飲むと速やかに熱が引き、気分爽快になりました。このことから、1191年、長崎平戸に帰国したとき数珠の種子を持ち帰り、九州の背振山に蒔き(佐賀嬉野茶の祖か?)、また、栂尾の明恵上人に贈られ、それが宇治に植えられ宇治茶となり、日本各地に広がったようです。

これからわかるように当時は今のように嗜好品でなく薬として珍重されたもので、栄西禅師が著された「喫茶養生記」には、
・茶は末代養生の仙薬なり。人倫延齢の妙術なり
・茶はよく睡眠を除く、修道の人、喫すべきものなり
と茶を飲めば健康を維持し養生になるとしています。

茶にはカテキン、カフェイン、テアニン、フラボノイド、ビタミンCなどが含まれています。

その後、禅の茶は利休居士により茶道として日本文化を代表するものへと昇華する一方,煎茶、番茶として日本人の日常生活の中に深く入って欠かすことのできないものとなりました。

茶.jpg昨年、ぼんぼりの基地の周辺で茶の葉を摘み家で自家製お茶を作ってみました。渋み、うまみ、香りの高いお茶が出来ました。一週間ほど楽しみました。

お茶を作りながら姉さんかぶりをした祖母や母を思い出していました。子供のころ実家では総出で茶摘みして自家製釜炒り茶を作っており、学校から帰ると茶もみを手伝わされました。前日つんだ茶葉を大きな釜で蒸らし、竹で編んだムシロの上でもみ、それを炒りあげて乾燥させるという工程でした。もむ時はまだ熱く、手を動かさずにいるとやけどしそうなくらいでした。手は緑色に染まりなかなか落ちず翌日も手のひらからはお茶の香りがしていました。そうして出来たお茶は家族や客が飲む一年間のお茶となり都会の親戚にも贈っていました。

今年も作ってみようと思いましたが世間ではお茶から放射性物質が出たと騒いでいたので止めました。こんな楽しみも奪ってしまったのですね。

抹茶.jpgチャノキは有用な木ですが注意も必要です。それはチャドクガが発生してかぶれることがあるからです。チャドクガはツバキやサザンカでもよく大発生します。2cmぐらいの毛虫がたくさん群がって葉を覆うほどになり一斉にゆらゆら頭を揺らしているのを良く見ます。この毛虫は微細な毒針毛を持っていて刺されるといつまでも激しいかゆみがあり、2~3週間続くこともあります。刺された時の痛みはほとんどありませんが後からひりひりした痛みと強いかゆみあります。何度も刺されると抗体反応が出て症状がひどくなりますので要注意です。

来年の八十八夜のころは何の心配もなくぼんぼりで野生茶を摘めますように!!

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柞の森の樹木たち その7   モミ(マツ科 モミ属 常緑針葉樹)
漢字表記 樅         別名 モミソ、トウモミ、モムノキ

1 モミ7.18モミ.jpg①モミ柞の森はまだ竹の皮をかぶった筍がぐんぐん伸びて親たちと同じぐらいの背丈になったころでしょう。竹は3ヶ月ぐらいの間、節が延びて生長しますが、その後は上長生長も肥大成長もしない草のような植物です。

竹は樹木か草か?寿命も比較的長く、茎も堅いので木のようでもあるが形成層がなく茎は太らないで中は空になっている。答えは「木に竹を接ぐ」のたとえどおりどちらにも属さないその中間にあって木に近いとされています。

最初から脱線しそうになりましたが、最近「ぼんぼり」に顔を出していませんのでなつかしく思い浮かべると大きくて背の高い堂々としたモミの姿が浮かびます。

柞の森には植栽木であるスギ、ヒノキを除くと針葉樹は3種しかありません。イヌガヤとアカマツ、そしてこのモミです。このシリーズ初めての針葉樹の出番です。
柞の森のモミは、尾根筋や斜面上部にあり、ほとんどが大木です。正確な林齢はわかりませんが他の樹木が世代交代をする中で生き抜きぬいた木でその雄姿と風格ある樹皮は他を圧倒して存在
感があります。写真①②
2 7.18モミ樹姿.JPG②モミ樹姿
モミは神社境内に多く生育していることが多いので各地でマツと同じく神様が降りる時の目印の木として崇められてきました。柞の森のモミも山の神として大事にされてきたのでしょう。また、元来、尾根筋に育ちやすいことや大きくなり目立つことから山の境木として伐らずに残した形跡もあります。さらに、後述する多摩地方におけるモミの利用の理由から残されたことも考えられます。

モミは温帯の常緑広葉樹林と冷温帯の落葉広葉樹林の境界付近を中心に中間針葉樹林帯としてツガと混生してモミ・ツガ帯を形成します。尾根筋や斜面上部などの急傾斜地の腐蝕質が少ないやせたところに生育しやすい樹種です。こういうところではモミの親木の周囲に幼樹をたくさん見ることができます。写真③④は柞の森の落下した種と稚樹です。

3 モミ2010_1204_103750-P1020222.jpg③落下した種○モミの特徴
葉は先端が二つに割れ、棘となっており、触ると痛く、裏側の気孔列が立てに2条薄緑色をしています。写真⑤

樹皮は暗灰色で若いうちは平滑な肌ですが壮老齢になると鱗片状になり割れて剥がれるようになります。寿命はわりと短く150年程度だといわれています。
幼樹の時は陰樹で光要求度は低いのですが壮齢になると光を多く求め成長は早く幹は通直な円錐形で樹高25~40m、径50~100cmの大木になりますが大気汚染に弱い木です。

材は辺材と芯材の区別がなく白く、肌目が粗く、狂いやすく、耐久性もないことから建築材には使われません。モミ板と言われ梱包材が多く、よく使われるのが棺桶や卒塔婆等耐久性を求めないものです。

4 モミ2010_1204_105108-P1020228.jpg④稚樹かつて、多摩地方にはモミを利用した卒塔婆加工場が各地にあったようです。10年ぐらい前までは檜原村にもあったのを記録していますが今ではどうでしょうか。材料は近隣の人工林の中のモミの保残木を使っていたようです。往年は大都市江戸住人の人生の最後になくてはならない木であってそれを考慮した山の施業をやっていたのでしょう。

○モミの思い出
日本のマツ科モミ属は5種、モミ、ウラジロモミ、シラビソ、オオシラビソ、トドマツです。いずれの樹種にも仕事で係わりましたので思い出があります。

モミは九州山地の山の中で大木を相手に検知をしました。立派な木なのに値段が安く、同情させられる木でした。そして秋になるとマツタケよりも香りがなく白っぽいけれどマツタケと同じ種類のモミタケを採ったことです。モミはマツタケと同じ条件のところにあるのでマツタケ系のキノコが生えます。柞の森でも探してみましょう。モミタケ.jpg

5 モミ7.18モミ葉.jpg⑤葉ウラジロモミは、長野県の諏訪神社の御柱がこの樹種です。奇祭として7年に1回行われる式年大祭の主役です。諏訪神社は上社と下社がありますが、上社は社有林から御柱を調達していましたが下社は江戸時代初期から国有林から出していた歴史があります。かつては豊富にあった御柱になるウラジロモミも伊勢湾台風の被害の影響もあってだんだん少なくなったことから継続的な供給が課題となっていました。

今から28年ぐらい前、当時の長野営林局は御柱の供給に支障がないよう国有林で優先してウラジロモミを育成することを計画しました。対象森林のウラジロモミを調査して御柱になる木と将来の候補となる木をマーキングして育成保護や植栽などそのための施業を行うというものです。

ところがその計画を聞き、ある団体から「一宗教法人に便宜を払うのは憲法違反ではないか」との意見がありました。それに対して時の上司は「御柱は日本人の木の文化そのものであり、それに貢献するのは国有林として当然のことである」として反論しました。

ツリー.jpg当時は行き過ぎた憲法論議が巾を利かせ個人的にも腑に落ちない意見と思っていたときのこの反論に痞えていた溜飲が下がった思いがしたものです。
御柱用材は150年生程度の材で高さ30m、径100cmぐらいが選ばれますが今では「木の文化を支える森づくり」の「御柱の森」として約390haを対象に地域の協議会と協定を結んで持続的供給に配慮した森林施業を実施しているそうです。

モミノキはクリスマスツリーの木として使われますが洋の東西を問わずカミ様と縁の深い木ですね。

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柞の森の樹木たち その6   タブノキ、ホソバタブ(クスノキ科 タブ属 常緑広葉樹)
漢字表記 椨、細葉椨     別名 イヌグス、タマグス、ダマ、ダモ

① スギ林の中で育つホソバタブの幼樹.jpg①スギ林の中で育つホソバタブの幼樹② 鉄塔管理道脇のホソバタブ.jpg②鉄塔管理道脇のホソバタブ③ホソバタブの樹肌.jpg③ホソバタブの樹肌

○柞の森では珍しい存在
柞の森ではタブノキは稀にしか見ることが出来ず大きな木もありません。しかし、スギ林の中でも明るいところに下木として生えています(写真①)。柞の森のタブノキはホソバタブが多いようで鉄塔に登る尾根筋の道の脇に樹高8m程度、胸高直径12cmぐらいのホソバタブを見ることが出来ます(写真②③)。タブノキの別名はダモですが同じクスノキ科でもシロダモはこの森で良く見かける樹種です。

○タブノキの特徴
タブノキは古くから日本に分布する種で青々とした葉を一年中付け、単木の樹形がどっしりとしているので公園などに良く植えられています。また、神社や寺院にでも大木を見かけますこれが神聖な木と言われる由縁でしょう。
タブは韓国語の舟のという言葉のバイがなまってタブとなり「タブ(舟)を造る木=タブノキ」というようになった言う説があります。

タブノキは照葉樹林における代表的な樹種ですが柞の森に少ないのはこの森がもともとコナラなどの落葉広葉樹林でカシなどの照葉樹に移行しつつあるステージであることや海岸から遠いことにあるようです。しかし、柞の森は南東向きの日当たりがいい斜面ですのでこれからタブの木が増えてくる条件にあります。 

タブノキはクスノキの仲間で、材も楠に似ているので「タマグス」、クスノキより材質が劣るので「イヌグス」と呼ばれています。クスノキ科ですがクスノキの葉の特徴である三行脈がはっきりしません。タブノキは常緑高木で樹高は15m~20m、胸高直径は80~100cmで時には2mになる木もあります。④ 葉柄をゆっくり離すと粘液の糸を引く.jpg④葉柄をゆっくり離すと粘液の糸を引く

タブノキの特徴は枝の先に集中して葉がつきます。冬芽はひとつで大きいので目立ちます。また、葉柄をちぎってくっつけてゆっくり引き離すと透明な液の糸を引きますこれらが見分けるポイントになります(写真④)。

タブノキの葉は倒卵状楕円形又は長楕円形ですがホソバタブは葉の幅が狭く、皮針形又は狭長楕円形であることが違いです。柞の森のタブは今一つはっきりしないのですが写真⑤は4月に屋久島を訪れる機会があり撮影したホソバタブです。見比べてみるとやはりホソバタブのようです。

⑤ 屋久島のホソバタブ.jpg⑤屋久島のホソバタブタブンキは沿岸域で優先種となります。それは地下海水や潮風に強く他のシイ・カシ類の樹種との種間競争に勝っているからです。また病虫害にも強く松枯れでマツが枯れた跡にタブが繁茂して防風防砂林の役目を果たしているのを見かけます。分布は南西諸島からクスノキより耐寒性に富むので岩手県中部まであり、北限はカシ類より北にあります。今回の津波で被害を受けた防潮林などの復旧にはこのタブノキを考えてもいいのではないでしょうか。

○何かを持っているタブノキ
材は有用で芯材が紅褐色、辺材は淡黄褐色、タブ杢といわれる巻雲紋杢がでる。中でも材の赤みの強いベニタブは高値で取引されるようです。
用途は敷居や土台等の建築材、家具,枕木、彫刻、農器具、小舟用材、樹皮はタンニンが多く含まれるので黄ハ丈絹織物の褐色染料や漁網を染めるのに使われます。
また、葉や樹皮を乾燥させて粉にしたものはタブ粉と呼ばれ、粘性があり、線香を固めるのに使われます。

○タブノキの匂いと思い出
私は小学4年生の昭和35年ごろ、山で伐採されたタブノキの青葉を束ねて背負い出して業者に一荷40円ぐらいで売った思い出があります。2kmぐらいの山道を仲間と何度も往復していい小遣い銭稼ぎをしました。その時は線香を作る材料になると聞かされていました。タブノキを見るとその時の背中のタブノキの匂いと重さを思い出すことがあります。

⑥ 江東区新木場付近のタブノキの芽 2011年4月.jpg⑥江東区新木場付近のタブノキの芽(2011.4)⑦ タブノキの花.jpg⑦タブノキの花⑧タブの新葉の展開と青い実(江東区新木場2010.6).jpg⑧タブの新葉の展開と青い実(江東区新木場2010.6)

○タブノキのその他(写真⑥⑦⑧)
タブノキは5月ごろ花をつけます。花の色は淡黄緑色か淡黄色で目立たないのですが虫媒花で多くの昆虫を集めています。
果実は球形でパチンコ玉より少し大きい緑色のつやつやした実が8月ごろ熟すると黒紫色になりヒヨドリが好んで食べています。また落下した果実は動物に採食されタメ糞で増えていきます。この実も乾燥には弱いので果肉を取った種を取り播きする方法がいいでしょう。実は搗いて麦粉を混ぜて食べられるそうですがまだ食べたことはありません。タブノキの実は発芽率が低いのでたくさんの実をつけて繁殖を確保しているようです。

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柞の森の樹木たち その5  ホオノキ(モクレン科 モクレン属 落葉高木)
漢字表記 朴の木 包ノ木  別名 ホオガシワ カシキハ(炊葉)、ホホ

①柞の森の青大将じゃなく若大将(ホウノキの樹肌).jpg①柞の森の青大将じゃなく若大将(ホウノキの樹肌)柞の森の中でケヤキより灰白色というより青っぽい、滑らかな樹肌が目立ちます。青白いけどひ弱でなくすらっとしていて上背のあるたくましく上品な感じの姿をしていて、枝葉は多くありませんが上を見るとひときわ目立つ大きな葉をつけています。

スポーツマンの好青年風、私はこの木を見ると若大将加山雄三を思い浮かべてしまいます。(写真①②)覚えていますかあの台詞、これからはホオノキを見たらこの台詞が思わず出てしまうかも…

  幸せだな~♬ ぼかぁ~君といるきが一番幸せなんだ。
  僕は死ぬまで君を離さないぞ いいだろう!!♬   若大将のイメージ.jpg若大将のイメージ

②ホウノキの枯れ葉.jpg②ホウノキの枯れ葉ホウノキといえば「朴葉味噌」。葉に食品(餅、寿司、おむすびなど)を包むので包の木。食品を包む葉は他にカシワ、ササ、桜、柿の葉があります。これらは葉の持つ殺菌作用や香りがあるからですが、ホウノキが使われるのは殺菌作用もありますがなにより木のうちでもっとも大きな葉(長さ20~40cm、幅10~20cm)を持っていて包むのに適していること、それに香が良く、葉の表面に毛がないので食べ物に着かないこと、枯葉でも火に強く温めるのに都合が良いことが理由のようです。(写真③)

カシワとは食物の器という意味ですがホウノキが炊葉(カシキハ)と呼ばれるのもうなずけます。きっと縄文時代から使われていたのでしょうね。万葉集にもホウガシワという名前で登場します。

柞の森のホウノキの葉に食べ物を包んでみませんか。違った味が楽しめるでしょう。ホウノキの葉は大きいのでお面や帽子、葉っぱ服を作って子供たちの森での遊びに利用できます。

③ホウノキの葉 本来は先端に輪生する。.jpg③ホウノキの葉 本来は先端に輪生する。花もモクレン科の花らしく黄白で大きく(直径10~15cm)香りも良いのですがあまり見ることがないのは高い樹高の上の方に咲き見つけにくいからです。気をつけてみれば見ることが出来ます。咲くのは5月頃です。成熟した果実は赤い袋果が集合していて熱帯の果実か突起のある海鼠(なまこ)のようなグロテスクな形をしています。ホウノキの木の周囲に熟したものが落ちているのを見かけることがあります。

ホウノキは成長も旺盛で樹高は30m、胸高直径は100cmになるものもあります。水分要求度が高く、材に粘りがなく風に弱いことから谷筋など風が当たらないところでよく育ちぼう芽力も強い木です。

ホウノキの材は木地が白く冬目が薄くいので文字どおり「素朴」な感じがします。材は軽くて緻密で軟らかく狂いやひび割れが少ないので造作に適しています。家具、指物、ピアノ・オルガンの鍵盤、木地、曲物、箱などですがヤニが少なく加工が容易なことから刀の鞘に利用されていたようで今でも鉈やノコの鞘に重宝されています。また下駄や彫刻・版木に好まれているのは材面が白く柔らかくきめが細かいからでしょう。

下駄.jpg北海道にいた頃、愛子内親王誕生のお祝いにホウノキの板にお雛様を彫って差し上げたいので探してほしいとの要望にそれなりの品をとあちこち探したことがあります。

私は、九州山脈の奥山に就職した頃、その前年の秋、交通事故で亡くなった親父を思いながらホウノキで仏像を彫りました。この仏像、いまでも毎朝拝んでいますが黒光りしていい色になってきました。仏像.jpg

今回、柞の森の30cmぐらいのホウノキが伐採されました。見るたびにもったいないと思ってしまいます。今度これを利用して再び仏像彫りに挑戦してみようか!!

ホウノキは炭に焼くとやわらかいので燃料としての品質はあまり良くありませんが朴炭と呼ばれ細工物や金属の研磨用や画墨に使われます。チェンソーの丸やすりを磨くのにもいいかもしれません。

ホウノキの利用で忘れてならないのが漢方薬としての利用です。
樹皮を乾燥して煎じて胃薬、腹薬、虫下しになります。抗ガン作用も持っているようです。これは中国漢方の厚朴(こうぼく)の代用品として和厚朴(わこうぼく)と呼ばれています。果実も和厚朴実として香りのよい解熱剤として利用されるそうです。

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柞の森の樹木たち その4   ケヤキ(ニレ科 ケヤキ属)
漢字表記 槻(つき)、欅    別名 ツキ、ツキノキ、ツキケヤキ

①柞の森の冬木立 (2011.2月撮影).jpg①柞の森の冬木立 (2011.2月撮影)2月の初旬、柞の森は冬木立のたたずまい。
この時期は伐採に良い時期です。木を伐ると木口から木の香りが漂います。

   “斧入れて香におどろくや冬こだち”   「蕪村」(写真①)

柞の森ではケヤキがコナラとともに上木層部を形成しています。ケヤキと言えば大木を連想しますが柞の森では萌芽で更新したのか比較的小さい木が多くそしてほとんどが株立ちしています。写真②のように灰白色の色白のつるりとしていてつい撫でたくなるような樹肌です。その上空を見ると枝は箒をさかさまにしたように大きく広げた樹形をしていて育ちの良い若殿の風貌をしています(写真③)。ところが根元のほうを見ると、「こぶこぶ」になったグロテスクな格好をした大株で表面は様々な模様をしています。(写真④)。この「こぶ」については後述します。

もっとも成長するにつれて50年生ごろから樹皮が鱗片状に剥がれ、もっと大木になると波打つような樹皮などその木独特の模様となります。写真⑤は盆掘川沿いに生えているケヤキですが単木で表面も独特な模様が出ていて貫禄が違います。人間と同じで年をとると肌が荒れてきますが樹木の場合貫禄がついてくるのでうらやましいですね。柞の森のケヤキは少なくとも50年生以下ではないでしょうか。

②柞の森のケヤキの樹肌(2010.7月撮影).jpg②柞の森のケヤキの樹肌(2010.7月撮影)③柞の森のケヤキの作る樹陰(10.7月撮影).jpg③柞の森のケヤキの作る樹陰(10.7月撮影)④ケヤキのコブ株(ぼう芽が繰り返された?).jpg④ケヤキのコブ株(ぼう芽が繰り返された?)⑤盆堀川沿いのケヤキの樹肌.jpg⑤盆堀川沿いのケヤキの樹肌

それでは、先代のケヤキはどうしたのか疑問になるところですが、普通ケヤキは材質が良いので炭材にはもったいなくて使いません。残しておいて大木になってから建築材として高く売るほうが得です。現によく炭焼窯の近くや造林地の中にはケヤキを残しているのを見かけます。ここでは、何度か伐採してぼう芽更新を繰り返したような株から株立ちしているのと推定樹齢から炭に焼いたと思われます。

ケヤキは「けやけき木」=他のものより目立つ木、際立って優れた木、普通とは著しく異なった木が由来のようです。また、「槻」ともよばれ神木とされています。ケヤキは大木になります。200年、300年となったものは樹高30m、胸高直径3mになるものもあります。ケヤキは真っ直ぐ伸びる幹とその上に扇のように広がる枝ぶりも良く、新緑、紅葉、そして鋭角に伸びるたくさんの枝が見せる冬木立が美しいので街路樹や公園樹として植えられており府中のケヤキ並木などが有名です。

しかし、ケヤキは大気汚染には弱く、1970年代に新宿区などで頻繁に発生した光化学スモッグの時、夏なのにケヤキの青葉が大量にハラハラと落ちてきたそうです。公害に弱いことは弱点ではありますが人間にいち早く危険を知らせる指標木であると考えることもできます。写真⑥は盆掘川沿いの立派なケヤキ(写真⑤)の冬木立ですがケヤキは水分要求度高く斜面下部や谷筋でよく生育します。

○葉⑥盆掘川沿いのケヤキの冬木立.jpg⑥盆掘川沿いのケヤキの冬木立
新しい枝に互生し、長楕円形か卵型状で一重の鋸歯があって先は尖っています。樹形や樹肌や葉でケヤキとわかるわかりやすい木です。

○花・実
ケヤキは街中や山中で良く見る木ですが花と実は見ることが少ない木です。目立たない形のうえ花や実をつける大きな木になると樹高が高くなって見えにくいからでしょう。
花は葉と同じ4月ごろに咲き、実は5mmぐらいのゆがんだ形をして羽は持っていません。色・形・大きさとも目立たないのですが葉の付け根につき、成熟すると枯葉をつけたまま落ちる種があるそうで風に運ばれやすくしているようです。今年の春と秋に気をつけて見たいものです。

○材質
ケヤキの材質は優れ物です。年輪や心材と辺材の区別が明瞭で光沢があり、強靭でよく乾燥したものはくるいが少なく、建具などの指物や家具・楽器に重用されます。建築材として神社仏閣、城などに使われているのはその材面の美しさと強さゆえです。有名なところでは清水寺の舞台はケヤキらしいです。最近の新築家屋には少なくなりましたが一般の家屋でも上がり框や大黒柱、床柱、床板などに使われています。一部屋でも和室をそしてケヤキをとこだわりの象徴として使われるようです。ケヤキの階段やフローリングなどは贅沢な使い方でしょうが住んでみたいものです。 ただし、耐久性は伐採してから200年ぐらいまででそれを過ぎるとヒノキより劣るようです。

○屋敷林のケヤキ
ケヤキは大農家の周りを囲む林の「屋敷林」に植えられています。関東ローム層が広がる武蔵野台地や立川台地が有名です。砂川屋敷林など玉川上水沿いの屋敷林に立派なケヤキを見ることが出来ます。武蔵野の屋敷林はススキ原野を開墾するとき防風・防火林として、また、肥料の供給源として造られたものです。

ケヤキは材が通直で木目が美しく利用価値が高いこと、成長も比較的早く、根が浅く広くびっしりと張り、大地をがっちりと掴み、枝張がよく、葉を繁らせるので防風や日隠効果に優れているからでしょう。冬は落葉して日当たりもよく、また屋敷林は農地と隣接していますので大量の生産される落ち葉を集めて腐葉土を作ることもできます。一説には江戸幕府が橋桁や船材として利用価値が高いのでケヤキを推奨したといわれています。

屋敷林の大きくなったケヤキは老衰して倒れる前に伐採して屋敷の増改築の材料に使うか販売して収入を得たのでしょう。昭和50年代頃までは高齢・大木のケヤキは銘木として目の玉が飛び出るような値段で取引されていました。

多摩地区の屋敷林は立川市砂川や小平市で見ることができます。屋敷林に関するホームページもありますので検索してその雄姿を見てください。

○宝探し
最近は、人々の好みが変わり、新築家屋の構造が真壁造りから柱が壁の中にある大壁造りに変わったことや洋室化したことからケヤキの柱やテーブルなどはあまり見ることがなくなりましたが二昔ぐらい前まではケヤキの大木は高価に取引されていました。
特に、材面の杢が玉のような模様を描く玉杢や泡杢、牡丹杢などの特殊な文様を持つ木はテーブルや衝立、床板、天井板など贅を尽くす使われ方をしますのでそれはとんでもない値段になります。

山にこのような木があれば一本でウン百万円の収入を上げることもあってその年度の収入実績が思わしくないときにはケヤキなどの銘木級の木を宝探ししたものです。村の古老やベテラン職員の記憶を頼りに山に入り探します。どの時代の者でも考えることは同じで既に伐採されていることが多かったのですが稀に見つかることもありました。しかし、これまで生きてきた古木に情けが移ったり搬出することが難しい場所にあったりした場合は伐採をあきらめることもありました。

⑦梅の花の紋がくっきり出たケヤキのコブ株.jpg⑦梅の花の紋がくっきり出たケヤキのコブ株⑧亀?.jpg⑧亀?⑨手を入れたらどうなる!!ケヤキの穴.jpg⑨手を入れたらどうなる!!ケヤキの穴

ケヤキは根株がコブ状になったものが多く年齢を食った株は独特の文様(杢)が出てテーブルや衝立、置物として重宝がられます。最近はこのようなものを家の中に置くようなことは流行りませんが世の中にはほかと違うものを求め値段に糸目をつけない御大尽も多く高値で売れますので根株も銘木市によく出ます。どのような杢が出るのかが大事になってきます。

このような特殊な杢は樹肌などでわかるといわれていますがこれの見利きができる人はどんな人なんでしょうね。写真⑦⑧⑨は柞の森のケヤキのコブ株です。皆さんには何に見えますか?いずれも独特な模様が出ていて興味深いものです。
コブ株はこのほかにもまだまだあります。あとは現場でご覧下さい。

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